新緑が深まる五月、木曜の夕方。
いかがお過ごしでしょうか。
今日は少しだけ、マシャールの厨房の中心に据えられた、
ある一基の「窯」のお話をさせてください。
五百度の世界
タンドール窯。
円筒形の炉のなかに、ガスの炎で五百度近い高温を生み出す、インド料理の伝統的な調理器具です。
家庭用のオーブンが二百三十度ほどであることを思えば、その倍以上の熱の世界。
五百度の表面温度は、食材を入れた瞬間に、その表面を一気に「封じる」働きを持ちます。
水分も、脂も、スパイスの香りも──
一瞬で内側に閉じ込められ、外に逃げ出す隙を与えません。
これが、タンドール窯が宮廷料理の中心たりえた理由です。
鶏・魚・羊──素材で違う、火の入れ方
タンドール窯は、ただ高温で焼く道具ではありません。
素材ごとに、串の角度、火との距離、引き上げの瞬間が異なる──そこに長年の研鑽が宿ります。
タンドーリーチキン。
ヨーグルトとスパイスに丸一日漬け込んだ鶏を、五百度で一気に焼き上げる。
表面はぱりりと香ばしく、中はしっとりと柔らか。噛みしめると、スパイスの香りがじんわりと広がっていきます。
フィッシュティッカ。
おおぶりのカジキマグロに繊細なスパイスの衣をまとわせ、窯で一気に封じ焼きにする。
パサつきがちと思われる魚を、しっとりほどけるように仕上げる──宮廷の技がもっとも問われる一皿です。
シークカバーブ。
マトンと鶏のひき肉をスパイスと練り上げ、串に巻きつけて焼く。
窯の熱で余分な油が静かに落ちることで、しつこさのない上品な仕上がりに。
羊の芳醇な風味だけが、ゆっくりと鼻腔に立ちのぼります。
野菜にも、宮廷の火を
タンドール窯のもうひとつの仕事は、野菜を主役に変えることです。
タンドーリーゴービー。
大ぶりのフールゴービー──カリフラワーをひと玉、
まずスパイスと塩でじっくり茹でる。
次にヨーグルトのマリネ液に漬け込む。
最後に、タンドール窯で香ばしく焼き上げる。
茹でる、漬ける、焼く──三段階の手間を経て、家庭料理の素材が「宮廷の一皿」へと姿を変えます。
ベジタリアンのお客様にも、お肉と同じだけの満足感を。
タンドール窯は、その思想を支える静かな仕掛けでもあります。
そして、ナーンを焼く
窯はパンも焼きます。
ペシャワーリー・ナーン。
カシューナッツ、アーモンド、ドライフルーツに、カルダモンをひとつまみと砂糖を合わせてミキサーにかけた特製のフィリング。
これをナーンの生地に詰めて伸ばし、窯の内壁にぴたりと張りつけて焼く。
表面がふくらみ、香ばしく色づく一瞬を逃さず、引き上げる。
甘さと辛さ、両方を併せ持つこの一枚は、
窯のなかで「対比の妙」を完成させていきます。
タンドール窯は、肉も、魚も、野菜も、パンも、すべてをひとつの炎の前に集める。
宮廷の食卓は、この一基の窯から、すべて始まっていくのです。
五月の夕暮れ、五百度の熱が静かに灯る厨房から、
皆さまをお迎えする支度が、今夜も整っております。
スタッフ一同、皆さまのお越しを心よりお待ちしております。
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